最新記事:2016年08月20日更新
2016年08月20日更新
今、チーズは世界中で作られていますが、気候風土や宗教を含む文化的な習慣から飼われる家畜がそれぞれ違うため、原料となるミルクの種類は地域によってさまざまです。
例えば、乾燥した暑い気候の地中海沿岸(トルコ〜ギリシャ〜南イタリア〜南仏〜スペイン)では、乾燥した土地に適応しやすい羊が紀元前から飼育されていて、チーズといえば羊乳のものがほとんどです。
一方、アルプスやフランス中南部のオーヴェルニュ地方などの山岳地帯では、冷涼な気候により、冬季は寒さと雪で生産活動が滞ってしまうため、夏の間に大量のミルクで保存食となる乳製品をたくさん作る必要がありました。そのため、乳量が多く、冷涼な土地に適している牛の飼育が盛んで、牛乳製の大型のチーズが伝統的に作られています。またヒマラヤにあるチベットやブータンでは、厳しい自然環境に適応したヤクのミルクでチーズが作られていますし、スカンジナビア北部のラップランドやフィンランドではトナカイのミルクで作られるチーズがあるそうです。
そして獣種が違えば、ミルクの泌乳量(ひにゅうりょう/乳が出る量)や乳成分も違ってきます。例えば牛(ホルスタイン種)は、1日平均20〜30リットルの乳量がありますが、山羊は平均2リットルの乳量しかありません。また獣種の違いによる乳成分の違いを見てみると、羊や水牛のミルクの脂肪は、牛乳の約2倍もあります。
また肉眼では識別できませんが、 タンパク質や脂肪の性質や大きさ、また含まれるビタミン、ミネラルなど微量成分の含有率なども、獣種によって違いがあります。この違いは、加工してチーズになったときに、味や見た目に現れてきます。
わかりやすい例では、牛乳製と水牛乳製のモッツァレッラチーズがあります。どちらも一見すると白い色のチーズなのですが、牛乳製は水牛乳製に比べて黄色味がかっています。これは牧草などに含まれるカロテノイドという脂溶性の色素が、牛は体内で分解しきれずミルクに含まれるのに対して、水牛は体内で分解できるのでミルクに含まれないからです。ですから牛乳製のモッツァレッラは黄色味がかり、水牛乳製のモッツァレッラは真っ白になるのです。さらに青草が映える初夏から夏の牧草を食べている牛のミルクで作るモッツァレッラは、まるでバターのように黄色いものになります。
また乳種による味わいの違いの例を挙げると、脂肪の含有量が多い羊乳で作るチーズは、牛乳製のチーズに比べると、脂肪由来の濃厚な甘みや風味が、より際立っていることが多いのです。このようにミルクが違うと出来上がるチーズにもそれぞれに違った個性が備わるのです。
また同じ牛でも、品種によってミルクの質が微妙に違います。日本で乳牛といえば白黒のホルスタイン種がお馴染みです。なんと国内の乳牛の99%がホルスタイン種だそう。ホルスタイン種は改良により、ほかの品種に比べると格段に泌乳量が多く、生産される生乳の大半が飲用乳利用という日本の消費形態にはマッチした品種です。ホルスタイン種以外の残り1%の品種は、泌乳量は少ないけれど、ホルスタイン種より乳脂肪分とタンパク質が多いジャージー種やブラウンスイス種などです。量は少ないながら乳固形分が多いミルクは、バターやチーズなどの乳製品加工用としては優れているのです。
ホルスタイン種
(写真提供:北海道庁)
ジャージー種
(写真提供:岡山県真庭市)
ブラウンスイス種
古くから乳文化が発展してきたヨーロッパに目を向けると、地域の気候風土や地形などに適応してきた牛の品種が各地に存在しています。山岳地方のアルプスでの放牧に適応しやすいのは、小ぶりで脚腰が強いフランスのアボンダンス種や前出のスイス原産のブラウンスイス種、モンベリヤール種などで、今でも保護原産地呼称(AOP)のチーズはその規則の中で原料乳の牛の品種も限定しています。
アボンダンス種
モンベリヤール種
カマンベールなど数多くのチーズを産出する、酪農が盛んなフランス・ノルマンディー地方では、社会の近代化と共に、チーズ生産量の向上を求めて優位性のあるホルスタイン種を導入し、さまざまなチーズが作られてきました。しかし近年になって、伝統的な製法で作られるリヴァロ*などAOPの認証を持つチーズでは、ノルマンディー地方原産のノルマンディー種の牛のミルクを使ったものが多くなってきています。ホルスタイン種より乳量は少ないのですが、その土地に長い年月をかけて適応し定着した品種が、その土地に生える牧草を餌にすることにより、その土地ならではのチーズの風味を作ります。土地のオリジナルの味を守るという観点から、多くの地域で品種を限定しているのです。
*リヴァロ:Livarot ノルマンディー地方ではカマンベールよりも歴史が古く、チーズを塩水で洗いながら熟成をさせるウォッシュタイプのチーズ。独特の強いにおいが個性的。
日本の酪農は牛が中心ということもあり、国産のチーズのほとんどが牛乳製です。ところが2000年以降、徐々にシェーヴルチーズ(山羊乳のチーズ)を作るチーズ工房が増えてきています。
山羊は体が小さく、牛のように多くの餌を必要としないことから、荒れ地や狭小な土地でも、手軽に飼育ができる家畜です。しかも雑草や木の幹の皮、木の葉なども食いちぎることができる丈夫な上あごを持っているので、除草目的などで庭先や裏山で簡単に飼うことができます。日本でも家畜として広く飼われていました。戦中戦後の食料がない時代に山羊のミルクを飲んでいたという話もよく聞きます。戦後に山羊の飼育頭数はぐっと減ってしまいましたが、チーズを作ることが目的で新規就農をするときには手が出しやすい獣種であることから、ここに来てまた山羊乳をチーズ製造に利用する目的で、山羊農家が増えてきたのです。
年ごとに順番に開催されている2つの国産チーズコンテスト(「All Japan ナチュラルチーズコンテスト」(中央酪農会議主催)、「Japan Cheese Award」(チーズプロフェッショナル協会主催)での出品状況を見ても、回数を重ねるごとにシェーヴルチーズの出品数はどんどん増えています。
また山羊ほどではありませんが、羊を飼って羊のチーズを作る工房も少しずつ増えています。そしてなんと水牛を飼って水牛のモッツァレッラを作っている工房も2軒あり、さらにもう1軒準備を始めているという情報も入ってきています。
このように、日本のナチュラルチーズ製造の現場もオリジナリティを求め、いろんな獣種にチャレンジし、バラエティがますます広がっています。全体から見ればまだまだマイナーではありますが、ほかと差別化を図るため、あえて珍しい獣種を取り入れていく傾向は、日本のチーズ文化の裾野がかなり広がった証拠なのでしょう。まだ30年にも満たない日本のナチュラルチーズ文化ですが、創成期である今のいろいろなチャレンジが50年後、100年後にどうなっていくのか。考えるだけでワクワクしますね。
(写真提供:岡山県真庭市)