最新記事:2014年10月05日更新
2014年10月05日更新
和食に合わせる日本ワインはどんなもの?
日本ワインに魅力を感じ、10年以上にわたり積極的に紹介してきた
和食店「夕(せき)」の川久保賢志さんが2014年1月にオープンした
「セキ ハナレ」で、和食と日本ワインの関係について聞きました。
東京・三軒茶屋にある和食店「夕(せき)」は、選りすぐられた日本の酒が揃う場所。店主の川久保賢志さんの審美眼にかなった日本酒・焼酎・日本ワインがずらりと並び、うまいもの好きの大人たちを唸らせてきた。
今年1月、「夕」と同じ世田谷通り沿いを西に1キロほど行ったところに、「離れ」を作った。名付けて「セキ ハナレ」。白のれんをくぐると、だしの香りが鼻をくすぐる。白木のカウンターの凛とした空気に期待が膨らむ。
多くの客が予約するのが「ハナレおまかせコース」(4500円税別)。前菜、お椀、お造り、揚物、煮物、食事・香物、甘味が出る。山梨県・小淵沢の野菜を中心に、海の幸や山の幸を細やかな心配りで「馳走」して一品へと仕立てる、この料理を楽しみに遠方から来る客もいる。夜が深まると、単品の肴をあてに燗やグラスワインをちびり、という一人客も。ここは大人が集う「ハナレ」。洒脱の場だ。
「夕」では100種類以上の日本ワインを置いていたが、「セキ ハナレ」では、かなりの数に絞り込んだ。
「お会いしたことのある生産者の方のワインだけを置いています」と、川久保さん。2003年に日本ワインに惹かれて以来、圧倒的な情熱を持って日本ワインを探究し、産地を訪ねている川久保さんならではのセレクション。食べ手はワインを飲みながら、川久保さんとの語らいから、一つ一つのワインに込められたストーリーも知ることができる。
グラスワインは白・赤とも数種類を用意。一升瓶ワインを1杯500円で提供することもある。
なかでも川久保さんが最も大切にするのが、山梨産の甲州種で造られたワインだ。
「11年前、勝沼醸造さんの『アルガブランカ イセハラ 2005』を初めて飲みました。それまで僕はワインをおいしいと思ったことがあまりなかったんです。ところがそれは衝撃的なおいしさでした。そこから甲州種のワインに目覚めたんです。以降、山梨を皮切りに全国のさまざまなワイナリーを回りました」
和食には本来、樽香のないタイプの甲州ワインが合う、と川久保さんは言う。
「和食には、甲州種のように香りがフラットで、雑味や苦みを感じる品種のワインを合わせると面白い。機山洋酒工業の『キザンワイン白』や、甲斐ワイナリーの『かざま甲州 辛口』などは、よく出ますね」熟成タイプの甲州種のワインは、日本酒と共通する香りも持っている。「少しひねた香りのある一升瓶ワインは、いつか御燗に挑戦してみたいですね。今、考えているのが、旭洋酒(ソレイユワイン)さんの『三郎の葡萄酒』。あれだったら御燗になると思います」
今の日本ワインブームについては「新しい生産地や若手個人経営者(醸造家)ばかりが注目され、マニアの中では甲州ワインを飽き始めている傾向にあると思う」と、川久保さんは疑問を呈する。
「若手の個人経営のワイナリーは、カリスマ性も高いし、生産本数が少ないから争奪戦になる。潮流としては目立つけれども、僕は日本ワインを支えている地域である山梨の甲州ワインを、地道に、しっかりと並べる店が増えることが、日本ワインの層を広げることになるのではと思っています」
それゆえ、「セキ ハナレ」のリストには、勝沼醸造やココ・ファーム・ワイナリーなど、「少し探せば手に入る」生産量を造るワイナリーが必ず入っている。日本ワインを特別なものにしないための、川久保さんなりの配慮だ。
フランス産のワイン好き、しかし日本ワインは飲んだことがない(または、いい印象がない)というお客さんにこそおすすめする、川久保さんの"懐刀"的存在のワインがある。それは長野県・小布施ワイナリーの白ワイン、「シャルドネ オーディネール」だ。
「ワインの樽香が好きという方に、日本ワインを好きになってもらうための入口としての1本です。リーズナブルな価格でありながら、このクオリティ。栽培醸造責任者の曽我彰彦さんの凄さを感じる1本です」
赤ワインでは、機山洋酒工業の「キザンファミリーリザーブ」を挙げる。
「山梨で生まれた交配品種『ブラック・クイーン』を、メルロー&カベルネ・ソーヴィニヨンというボルドーブレンドに加えて、世界品質にまで仕上げた1本だと思います。山梨の良さを知ってもらうきっかけになるワインですね。残念ながらワイナリーから売り出されてもすぐに欠品してしまうのですが、残っていれば必ず買い足す銘柄です」樽発酵タイプのワインと和食との相性はどうだろうか?
「正直にお話しすると、和食に最も合う醸造酒は何かと聞かれたら、僕は日本酒と答えます。ワインの中でも特に樽香が強いものは、和食との相性は良い方ではないかもしれません。でも、お客さん目線で考えると、『合う、合わない』というマリアージュよりも、好きな物を飲めるということが重要だと思っています」
そう話す川久保さんだが、樽発酵タイプの日本ワインに合わせた和食への探究も怠らない。
例えばナッツの応用。胡麻和えの要領で、ピーナッツやピスタチオを使うこともある。「油分があり、コクが出るようなナッツに野菜を合わせると、樽発酵のワインにも合うと手応えを感じています。今後は魚や肉料理にも応用できれば」。
甲州ワインに合わせて小淵沢の農家から直送野菜を取るなど、食材選びにも余念がないが、和食とワインを合わせるために最もポイントとするのは「甘味と酸味のバランス」だという。
「残糖感のある甲州ワインは、日本料理には必要だと思います。日本酒にせよ、日本ワインにせよ、お客様が希望するのは"辛口"の酒がほとんど。しかし、糖度の高いみりんを使う料理に合わせるお酒には、ある程度の甘さが必要。現に、そうしたオーダーに酒度の低い(つまり比較的甘めの)日本酒を出しても『こういう辛口が合うね』と言われることが多いのです。ワインでもトロピカルな果実のような甘味を感じるナカザワヴィンヤードの『クリサワブラン』は、当店でも人気があります。和食と合わせる酒に関して言えば、酒の甘味によって料理のうまみを広げる役割があるのです」
「セキハナレ」では、ワインの特性に従って、ある時は蕎麦猪口で、ある時は脚なしのワイングラスで提供している。飲むうちに、日本酒や焼酎との垣根がどんどん低くなっていき、ボーダーレスに楽しめる。日本ワインを飲んだことのない人には驚きを、飲み慣れた人には再発見をもたらしてくれる一軒だ。
セキハナレ
東京都世田谷区世田谷3-1-3
tel 03-5450-5870
東急世田谷線「世田谷」駅より徒歩1分
営/18時〜翌1時L.O. 休/月曜日
http://ameblo.jp/seki-hanare/
席数/カウンター9席、テーブル(2階)8席
禁煙
予算/6000円〜、ワイン:グラス500〜950円、ボトル4200〜9000円推薦者 フード&ワインジャーナリスト 鹿取 みゆきさん
ワインに合わせる一手間が心にくい店。季節のうつろいが感じられる料理には、いつたずねても心が動く。川久保さんが醸し出す日本ワインと日本料理の世界にどっぷりつかり、「ああ、日本人で良かった」としみじみ思う。このクオリティでこの価格というコスパの高さは群を抜く。地の利は決してよくないが、わざわざ足を運んでも満足させてくれること間違いなし。日本酒、焼酎の品揃えも必飲で、川久保さんの日本の食材、日本の酒に対する思いが伝わってくる。個人的には日本ワインを飲んだあと、米焼酎の武者返しでしめるのがベスト。
<鹿取みゆきさんProfile>
フード&ワインジャーナリスト。総説論文「日本におけるワインテイスティングについて」が日本味と匂学会誌Article of the Year 2009賞を受賞。東京大学空間情報科学研究センター協力研究員。
<鹿取みゆきさんの著書、監修した本>