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2017年04月20日更新
牛乳が日本人の食生活に欠かせない日配品となって久しい昨今では、日本のどの都道府県でも酪農は行なわれており、生乳が生産されています。なかでも酪農が盛んな都道府県は、北海道を筆頭に、岩手県、栃木県、千葉県などで、これらの道県ではチーズ工房数も多く(特に北海道のその数は抜きん出ています)、こちらのWEBマガジンでも、しばしば取り上げてきました。チーズの生産量もさることながら、チーズファンの中ではちょっとばかり名が通っている有名な工房なども散見されます。
しかし今回は、酪農家の件数が全国で38位(農林水産省 畜産統計調査平成28年度データより)と、酪農があまり盛んではない、佐賀県の若きチーズメーカーについて紹介したいと思います。中島大貴(ナカシマ・ヒロタカ)さんは2012年、佐賀県嬉野(うれしの)市にチーズ工房「NAKASHIMA FARM(ナカシマファーム)」を立ち上げました。
中島家は代々、嬉野市の塩田(しおた)地区で農家を営んできました。有明海に面した温暖な気候に恵まれた平野部にあり、米や大豆、小麦など、穀物の栽培が盛んな農業地帯です。
この地域では、1950年代に、田んぼの裏作に飼料穀物を栽培して、稲作と酪農を複合経営する「水田酪農」というスタイルが取り入れられました。中島家もその頃、酪農を始めたそうです。そして大貴さんの父親の代には、経営の主軸を酪農に切り替え、今では乳牛100頭を飼育する中規模の酪農家です。
田んぼや畑は祖父と父親が、牧場は大貴さんが主に担当し、家族で米や麦などの作物の栽培と牛の世話をしています。大貴さんは乳牛の飼育をしながら、チーズの製造をしています。
実は大貴さんは、設計士を志して上京し、関東の大学の建築科で学んでいました。その頃は家業を継ぐことには抵抗があり、建築の道に進むつもりでいたそうですが、大学で「まちづくり」について学ぶなかで、企業に就職して企業人として「まちづくり」を実践するよりは、就農して農家の立場で「まちづくり」や「地域づくり」をするほうが、現実的なのではないかと考えたことから、卒業後に嬉野にUターンし、酪農に携わるに至ったのだそうです。
この塩田地区は、一見すると、夏は水田、冬は麦畑の広がる豊かな田園地帯ですが、実際は農業も酪農も、厳しい現状にあるといいます。大貴さんによると、塩田地区のほとんどが兼業農家で、1戸あたりの農地は、それほど広くないとのこと。離農してしまう家も多いそうで、どんどん農家が減っていき、耕作放棄地も増えている傾向にあるそうです。その対策として「集落営農」という、集落単位の地縁集団がひとつの単位となって共同で機械を購入したり、生産工程の一部あるいは全部を共同で行ったりするシステムが導入されており、専業農家の中島家は、その中心役を担っています。
水田酪農の時代に誕生した酪農家も、現在は減少する一方だそうで、大貴さんが就農した9年前には、佐賀県下で100軒近くあった酪農家が今では半数以下に減ってしまいました。生き物相手で、手間がかかり、休めないきつい仕事だということ。餌代が高騰して、経営が難しくなっていること、高齢化が進み、この厳しい仕事を続けていく、あるいは継ぎたいという後継者がなかなかいないことなどが、酪農家の減少の理由に挙げられます。
大貴さんは「酪農業は、地域の農家やそこに暮らす人たちの生活を"フォローする"(助けたり、豊かにしたりする)ことができる懐の深い職業だ」という思いを持っています。例えば、稲の収穫後に出てくる稲藁や裏作で作る飼料は、敷き藁や牛の餌として酪農で使い、酪農で生じる糞尿は、堆肥に加工して田畑に返す、という循環がそこには生まれます。つまり稲作と酪農で生じる副産物を互いに上手く使うことで、無駄な経費が抑えられ、さらに作業効率も上がるというわけです。
ともすれば近隣からの苦情となってしまう家畜の糞尿については、ナカシマファームでは牛舎の隣に熟成堆肥に加工する施設をすでに設置し、数カ月かけて堆肥を作り、自家水田での利用はもちろんのこと、希望する農家に販売をするまでになっています。さらに自家水田には今後「飼料稲」(家畜のエサ用に改良された稲)を栽培して、自給の餌を増やしていき、価格が高騰している海外輸入の餌に依存しないことを目指していく計画だそうです。また「酪農教育ファーム」という制度のモデル農場として認定を受けることにより、子どもたちの教育の場としても牧場が活用されています。
地域の酪農スタイルの原点を再度見直し、そこに今の技術を取り入れることや、子どもたちをはじめ酪農とは普段接点のない人たちと交流する機会をもつことによって、集落に隣接する中規模酪農家のモデルケースとなることが、この地域の酪農の未来を作り、同時に農業を守ることにつながると考えています。
そして大貴さんには、さらに目標があります。
ナカシマファームのスローガンでもある「らくのうで、嬉しいを!」を実現すること。
そのための試みのひとつが、「ナカシマファーム」の牛のミルクでチーズを作り、地元の人たちに安心して、そして喜んでもらえる、作り手の顔が見える製品作りをすること。地域の「食」という分野でも、人々の日常の生活を「フォローしたい」と考えているのです。
かつては、酪農家が1軒あれば、集落にミルクを供給することができました。ミルクは今、タンクローリーで集荷されて、酪農家が直接加工することは滅多にありませんが、自分のところで搾乳したミルクからチーズを作ることで「ナカシマファームにはおいしい乳製品がある」と地域の人に喜んでもらえる存在になりたいと思っています。
そしてもうひとつは、「嬉しい→女+喜」つまり「女性が喜ぶ場」を作ること。大貴さんを中心に、母親と妹と家族で運営しているチーズ工房を、ゆくゆくは地元の子育て中の女性に活躍してもらえる工房やショップへと規模を拡大し、「女性が喜ぶ場」を目指していきたいと考えています。
このように、チーズ工房を運営することによって、地域にたくさんの手助けや豊かさを生む、つまり「フォローする」ことになると考えているのです。
地元や地域で喜ばれる、そんなチーズ工房でありたい、というところから始まったチーズ作りですが、2016年に開催された「Japan Cheese Award 2016」(NPO法人 チーズプロフェッショナル協会主催)で、出品した3種類のチーズが全て受賞するという快挙を遂げました。それに手ごたえを感じ、チーズ作りにさらに力を入れたいと考えています。
ナカシマファームが作るチーズは、フレッシュなフロマージュブラン系、モッツァレラなどのパスタフィラータ系、そして4カ月以上熟成をさせるセミハード系のチーズです。
「プロセスチーズしか馴染みのない地元の人たちに、抵抗なく美味しく食べてもらえるようなチーズです。そのまま朝食やおやつに、そして食材のひとつとして料理に取り入れやすい商品を作ろうと思いました」
と大貴さんが言うように、インパクトのある強い個性よりも、日常の食卓に使いやすい穏やかな味わいを大切にした、ミルクの風味を感じられるチーズです。自分が丹精込めて育てた牛のミルクを加工するという満足感が得られるのは、酪農家冥利に尽きるようです。
大貴さんは、チーズメーカーである前に酪農家である、と言います。設計士になるための勉強の過程で見つけた「地域づくり」という新たな夢を実現するために、酪農の道に進み、地域への貢献や、酪農に良い結果をもたらすということからチーズ工房を営んでいるのです。まだ30代になったばかりの若手チーズメーカーではありますが、しっかりと目指す方向を決めてエネルギッシュに突き進む姿は、実に頼もしいと感じました。単にものづくりだけにとどまらず、チーズ工房を運営することで地域や社会に良い影響をもたらすことができるという、ひとつのモデルになっていってほしいと切に願います。
「子どもと大人が一緒に食べられるチーズを」というコンセプト通り、どのチーズにも親しみやすい名前が付いています。「五町田ゴーダ ーごちょだー」
(630円)
●テイスティングコメント
「雑味がなくおだやか。ほのかな酸味とうま味があり、食べ応えがある。プロセスチーズに慣れた人でもすんなりと受け入れられ、しかもナチュラルチーズの奥深い味わいを楽しめると思う」(佐藤)
「クリーム色の生地がきれいで、苦味や渋味などの雑味がほとんどなく食べやすい。リンドレスタイプなので外側まで全部食べられる」(吉安)
「しっとりとやや弾力のある組織。ねっとりと溶けながら、口中にやさしいうま味が広がっていく。ミルクの余韻が長く続く。雑味がなくきれいな味わい」(柴本)
●こんなふうに味わいたい
薄くスライスしてパンにのせて焼き、チーズトーストに。コーヒーやほうじ茶、または熱燗や焼酎のお湯割りなど、温かいお酒と合わせて。
「牧場の花」(380円)
●テイスティングコメント
「レアチーズケーキの上にドライフルーツがのっているような味わい。チーズのフレッシュで爽やかな酸味と、クランベリー、サルタナレーズンなどの色とりどりの甘いドライフルーツがよく合っていて、これだけで立派なデザートとなっている」(佐藤)
「見た目にも華やかなデザートのようなチーズ。生地は濃厚なブリアサヴァランのようなタイプ。雑味のないピュアな味わいがミルクの甘味を引き立てている」(吉安)
「ほどよい甘さとやさしい酸のバランスが絶妙。食べる部分によってフルーツが変わって、いろいろな表情を見せてくれる」(柴本)
●こんなふうに味わいたい
そのままデザートとして、嬉野の紅茶と合わせて。または甘口のデザートワインと一緒に食事の最後に楽しんでも。アスティスプマンテや半甘口のロゼワイン、またはマスカット・べーリーAのスパークリングとも合わせたい。
Data
NAKASHIMA FARM
(ナカシマファーム)
佐賀県嬉野市塩田町真崎1488
tel 0954-66-5072
営/ホームページやFacebookで販売日の情報を公開中(販売日以外も気軽にお問い合わせください)。
※上記データおよびチーズの価格は2017年4月20日現在のものです。